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こんにちは、かばです。
> 小説でストーリーやキャラを重視するのは当然のことです。むしろ設定はそれに肉付けするもので、決して設定がメインになることはないはずです
私とは考え方が違いますね。
もちろん、私もストーリーやキャラがどうでもいいという訳ではありませんが、私にとっては作品世界(設定)そのものも‘キャラ’であり、場合によっては‘影の主役’なんです。極端なことを書くと、着想時にはストーリーやキャラが主でも、原稿を書き始めるときには作品世界を描くための‘小道具’になっているということもあります。
また、私は中編以上の小説は著者のイメージした空想(キャラやストーリーだけでなく、背景まで含めた全体)を言葉で伝えようとする表現形式だと思っているので、キャラやストーリー以外は十人十色の空想に任せれば良いとは思いません。ストーリー(ネタ、オチ)だけで引っ張れるのは掌編小説までだし、真に十人十色の空想で自由に味付けしてもらえば良いというのであれば‘シナリオ’‘戯曲’という別の表現形式があると思っています。
そして、私は著者が空想を伝えることとその空想を読者がどう受け止めるかということを区別して考えているので、その点も違うと思いました。
> 私のイメージとしてはアルセナはちょっと世間知らず過ぎるきらいはありますが、さほど“アホ”とは思ってません
私は人間を含めたすべての生き物(昆虫や微生物のような数で勝負の生き物の場合は群れや種で考える)は、どんなにアホに見えても、
1.(精神的、身体的に)打たれ強い(回復力が強いを含む)
2.切り替えが早い(忘れるのが早いを含む)
3.甘える(保護を求める)のがうまい
4.危険(自分に向けられた怒りなど)を察知するのがうまい
5.(卑屈だったり、相手に罪悪感をかき立てるなどで)身を守るのがうまい
などの‘知恵’を持っていると考えているので、これらすべてを感じられず、体験などから学ぶこともないらしいアルセナは生存能力のない‘アホな子’と思いました。私は単に知力や常識の有無という意味で‘アホな子’と書いた訳ではないので、その点補足させてもらいます。
http://www.jsdi.or.jp/~kaba/
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